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マスキング効果は帯域で決まる ノイズ3色×20文

Part 3 / 6 ノイキャンとマスキング 消す・覆う・届ける6章

音を足して覆うマスキングの効き目は、ノイズの量より、話し声と同じ高さの音がどれだけ含まれているかで決まります。 ホワイト・ピンク・ブラウンの3色のノイズ (「色」の呼び名はこの章のコラムで説明します) を、話し声の約1.8倍の音量 (S/N 比 -5dB。数字の読み方は同じ総量で混ぜた結果の表で説明します) で混ぜて音声認識に聞かせると、書き起こしの文字の誤り率はピンク 75.5%、ホワイト 60.5%、ブラウン 23.0% でした。総量 (RMS) でそろえると、ピンクが一番よく覆い、ブラウンが一番弱い結果です。ただしこれは総量でそろえた場合で、騒音計 (A 特性) で同じうるささにそろえるとブラウンが首位に移ります (ブラウンノイズで測っています)。

見た目で言うと、紺色の布の上に紺色のボタンを置くと見分けにくいのに、白い布の上なら一目で見つかる、というのに近い話です。話し声にとっての「同じ色」は、同じ高さの音です。ホワイトノイズマシンやオフィスのサウンドマスキングがやっているのも、この「同じ色の布を敷く」ことです。

左は紺色の布の上に紺色のボタンが置かれて見分けにくく、右は白い布の上に同じ紺色のボタンが置かれてはっきり見える、2枚並びのイラスト

差を生んでいたのは、ノイズのうち話し声と同じ高さ (300〜3400Hz) に入っている量です。ホワイトは 38.9%、ピンクは 40.3% をそこに置いているのに、ブラウンは 6.3% しか置いていません。ブラウンは低い「ゴー」という音に偏っているからです。話し声と同じ高さの部分だけで音量を比べ直すと、3色の結果はほぼ1本の線に重なりました。 同じ総量で流すと、ブラウンで同じだけ話し声を隠すには、音を約1.8倍 (5dB) 大きくする必要があります。

この結論にたどり着く前に、測り方を1回まちがえています。帯域を絞らずに作ったブラウンノイズはエネルギーの 99% を耳に聞こえない 20Hz 未満に置いていて、そのまま測ると「ブラウンノイズは話し声を邪魔しない」という結果が出ました。経緯は後半に。

マスキングは「足す」側の方法

ノイズキャンセリングの仕組みで見た逆位相は、音を減らす方法でした。マスキングは向きが逆です。元の音に別の音を足して耳に届く音の総量を増やし、そのかわりに元の音を聞き取りにくくします。足す音は元の音と無関係なので位相を合わせる必要がなく、ノイキャンが耳元だけ効く理由で見た「数cm外れると逆効果」という問題も起きません。

左右2枚の比較図。左は逆位相 (ノイキャン) で、騒音の波に山と谷が逆の波を足すと、足した結果が平らな線になり音が減る。右はマスキングで、ふくらみのある話し声の波に、元の音と無関係なギザギザの雑音を足すと、足した結果の波は大きくなり、薄く重ねた話し声の形がギザギザに埋もれて見分けにくくなる

残る問題は、何をどれだけ足せば効くのか。ノイズの色と音量を振って測りました。

3色のノイズの違い

ホワイト・ピンク・ブラウンの違いはエネルギーを周波数にどう配っているかで、ホワイトは全周波数に同じだけ、ピンクは低いほうに多め、ブラウンはさらに強く低いほうに寄せていて、ドから1つ上のドへ上がるごとに、ホワイトはそのまま、ピンクは半分、ブラウンは4分の1にエネルギーが減っていきます。

3段に分けた図。どの段にも同じピアノの鍵盤が描かれ、5つのドの位置に、そのドでの 1Hz あたりのエネルギーを棒で立てている。ホワイトは5本とも同じ高さ、ピンクは1つ上のドへ上がるごとに半分、ブラウンは4分の1になる

20〜8000Hz のエネルギーを3つの帯域に分けて数えると、こうなりました。

低音 20〜300Hz話し声 300〜3400Hz高音 3400〜8000Hz
ホワイト3.5%38.9%57.7%
ピンク45.3%40.3%14.3%
ブラウン93.4%6.3%0.35%
読み上げた話し声 (20 文)55.7%40.6%3.7%

ホワイトとピンクは、配り方がかなり違うのに、話し声の帯域に入る割合はほぼ同じ (約4割) です。ブラウンだけが、エネルギーのほとんどを 300Hz 未満に置いています。

同じ総量で混ぜた結果

3色のノイズを、全体の音量をそろえて話し声に混ぜ、音声認識に書き起こさせました。

全体の S/N 比+10+50-5-10-15-20
ホワイト6.117.831.560.588.596.694.0
ピンク6.317.339.875.595.594.093.7
ブラウン6.46.77.123.055.186.493.7

(文字の誤り率 %、20 文の平均。ノイズなしは 4.9%)

S/N 比は話し声とノイズの音量の比です。数字と大きさの関係は次の表のようなイメージです。

S/N 比話し声とノイズの大きさ (音の波の大きさで比べる)
+10dB話し声がノイズの約3倍
+5dB話し声がノイズの約1.8倍
0dB同じ
-5dBノイズが話し声の約1.8倍
-10dBノイズが話し声の約3倍
-20dBノイズが話し声の10倍

誤り率が 50% を超えるのはホワイトとピンクが -5dB、ブラウンが -10dB なので、同じ総量で比べたときにブラウンが話し声を邪魔する力は、ほかの2色より 5dB 分、音の大きさで約1.8倍分弱いことになります。

1つの文で追うとこうなります。「今日の会議は午後から始まる予定です」に S/N 比 -5dB で混ぜた書き起こしです。

ノイズ書き起こし
ホワイト今日の会議はどうもかな?
ピンク今日の会議はどうもありがとうございました。
ブラウン今日の会議は午後から始まる予定です

ブラウンを混ぜた音声だけが、一字違わず書き起こされています。

誤り率が 100% に届かず 94% 前後で止まっているのには理由があります。ノイズが大きくなると、音声認識が元の文と無関係に「ご視聴ありがとうございました」と書き起こすことが増え、ノイズを混ぜた 420 回のうち 107 回がこの文を含んでいました。元の文と偶然重なる文字が正解として数えられるので、誤り率は 100% の少し手前で止まります。

話し声の帯域で数え直す

文字の誤り率 (縦軸 %) とS/N比の関係を2枚並べた図。左は全体のS/N比 (+10〜-20dB) を横軸にしたもので、ピンクとホワイトの曲線が先に上がり、ブラウンの曲線だけ右に大きくずれて遅れて上がる。右は話し声の帯域 300〜3400Hz だけで数えたS/N比を横軸にしたもので、3色の曲線がほぼ1本に重なる

(図は音声認識に聞かせて測った結果です。聞き手は人ではありません)

左の図が、全体の S/N 比で並べた結果です。ブラウンの曲線だけが右にずれています。右の図は、同じ結果を話し声の帯域 (300〜3400Hz) に入るノイズだけで数えた S/N 比で並べ直したもので、3色の曲線がほぼ1本に重なります。

ブラウンは話し声の帯域に 6.3% しか入っていないので、全体の S/N 比が同じでも、話し声の帯域では 8dB 分ノイズが小さくなっています。

全体の S/N 比+10+50-5-10-15-20
ブラウンの話し声帯域の S/N 比+18.1+13.1+8.1+3.1-1.9-6.9-11.9

ホワイトとピンクは話し声の帯域に入る割合が話し声とほぼ同じなので、全体と帯域の S/N 比の差は 0.2dB 以内でした。

話し声を聞き取りにくくしていたのは、ノイズの総量より、話し声と同じ帯域に入っている分でした。 マスキングは周波数ごとに起きる、という説明を、音声認識を聞き手にして再現した形になります。ブラウンが 93% を置いている 300Hz 未満の低音は、話し声の聞き取りにはほとんど効いていません。

測り方の失敗

最初の測定 (v1) では、ノイズの帯域を絞らずに作っていました。

全体の S/N 比+100-10-20
ブラウン (帯域を絞らない、v1)4.35.45.19.8
ブラウン (20〜8000Hz に絞った)6.47.155.193.7

(文字の誤り率 %)

ブラウンノイズを話し声の 10倍 (S/N 比 -20dB) の音量で混ぜても、誤り率は 9.8%。「ブラウンノイズは話し声をほとんど邪魔しない」と読める数字です。

原因は、ブラウンノイズのエネルギーの置き場所でした。ブラウンはパワーが周波数の2乗に反比例するので、帯域を絞らずに作るとエネルギーの 99% が 20Hz 未満に入ります (ピンクでも 45%)。20Hz 未満は人の耳にはほぼ聞こえない超低音です。聞こえない音で音量の数字を稼いでいたので、「同じ音量」でそろえたつもりが、聞こえる部分はずっと小さいノイズになっていました。

帯域を絞らずに作ったノイズのエネルギーを、20Hz未満・低音・話し声・高音の4つに分けた横棒グラフ。ブラウンは99%が斜線の20Hz未満 (ほぼ聞こえない) で、話し声の帯域はほとんどない。ピンクは45%が20Hz未満、話し声の帯域は21%。ホワイトは20Hz未満がほぼなく、話し声の帯域が26%、高音が72%

(図は、測り方を失敗したときと同じ条件で作ったノイズを計算で分けたものです。1文ぶんの長さ、平均 3.2 秒のノイズを 20 本作って平均しています)

ノイズの効き目を数字で比べている記事を読むときも、どの帯域で音量をそろえたのかを探すと役に立ちます。書いていなければ、この v1 と同じことが起きている可能性があります。

この章が言えないこと

聞き手は音声認識 (faster-whisper small) で、人の聞き取りとは仕組みが違うので、同じ S/N 比で同じ誤り率になるとは限りません。この章で言えるのは、同じ聞き手に対して3色を比べたとき、差を生んでいるのが話し声の帯域に入る量だったというところまでです。

話し声は読み上げ音声で、声は1種類です。人の話し声は測っていません。邪魔な音が雑音ではなく別の人の話し声の場合は、カクテルパーティー効果 声の違いで誤り58→29%で測っています。

ノイズを聞き続けたときの睡眠や集中への効果もこの章では扱わず、第7章「ホワイトノイズの効果は研究でどこまで言えるか」で研究の側からまとめる予定です。

この章で分かったこと

ホワイトピンクブラウン
話し声の帯域に入る割合38.9%40.3%6.3%
誤り率 50% を超える全体の S/N 比-5dB-5dB-10dB
S/N 比 -5dB での誤り率60.5%75.5%23.0%
話し声の帯域で数え直すとほぼ1本に重なるほぼ1本に重なるほぼ1本に重なる

話し声を覆いたいなら、ノイズの色の名前より、話し声の帯域 (300〜3400Hz) にどれだけエネルギーを置いているかで選びます。同じ総量 (RMS) のまま効き目を上げたいなら、ブラウンよりホワイトかピンクです。総量でそろえた場合、ブラウンで同じだけ覆うには音量を上げる必要があり、その差はこの測定で、誤り率 50% の境目で比べると 5dB、話し声の帯域で数えると 8dB でした。物差しを変えると、順位も変わります。騒音計の A 特性で同じうるささにそろえると、ブラウンが最もよく覆うようになります。こちらはブラウンノイズ 騒音計ではホワイトより13dB静かで測っています。