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ノイキャンとマスキング 消す・覆う・届ける6章

元の音と逆位相の音の波形、足して平らになった線を背景にした、シリーズ「ノイキャンとマスキング 消す・覆う・届ける6章」のカード

ホワイトノイズマシンを置くと、隣の話し声が気にならなくなるといいます。ノイズキャンセリングのように音を打ち消しているのかというと、やっていることは逆で、音を足して覆っています。逆位相で消す方法が効くのは打ち消した点のまわりの狭い範囲だけで、部屋全体の話し声には足して覆う方法しか届きません。反対に、騒がしい中で自分の声を届けたいときは、音量を上げる前に声の形を変える方法があります。消す・覆う・届けるの3つの立場で、どこに線が引かれるのかを確かめます。第1・2章は理想条件のシミュレーション、第3〜6章は音声認識を聞き手にした測定です。

読み終えるとできること

  • 気になる音が低くて一定ならノイキャン、話し声のように部屋全体から来るならマスキング、と数字の裏づけつきで選べます。部屋に置いたスピーカーの逆位相で静かになるのは、2kHz で直径 2.6cm までです
  • 逆位相の打ち消しがどれだけ崩れやすいかを見積もれます。タイミングが 5度ずれると音は10分の1ほど残り、60度ずれるとまったく効きません
  • 話し声を隠すノイズの色を、音量を何でそろえるかまで含めて選べます。総量 (RMS) なら ピンク > ホワイト > ブラウン、騒音計で同じうるささなら ブラウン > ピンク > ホワイトです
  • 騒がしい中で1人の声を聞き分ける手がかりを説明できます。邪魔な声が別の声なら誤り率 28.7%、同じ声なら 58.3% で、声の違いだけで誤りが約半分になります
  • スピーカーの声を、総量 (RMS) を上げずに聞き取りやすくできます。低音を切って 1.5〜4kHz を持ち上げ、小さい部分を持ち上げると、雑音の中での誤り率が 76% から 20% に下がりました

シリーズ目次全 7 章

  1. 0 ノイキャンとマスキング 消す・覆う・届ける6章 Pillar (現在のページ)
  2. 1 ノイズキャンセリングの仕組み 60度ずれで効果ゼロ ノイキャンは逆位相の音を足して騒音を消します。位相が5度ずれると残りは-21dB、60度で効果ゼロ。低音に強く高音に弱い理由を計算で示します。
  3. 2 ノイキャンが耳元だけ効く理由 部屋は直径2.6cm 逆位相のスピーカーを部屋に置くと、静かになるのは2kHzで直径2.6cm、周りの66%はかえってうるさくなります。ヘッドホンでだけ効く理由を計算で示します。
  4. 3 マスキング効果は帯域で決まる ノイズ3色×20文 ホワイト・ピンク・ブラウンノイズを同じ総量 (RMS) で話し声に混ぜ、音声認識で比べました。-5dBの誤り率はピンク75%、ブラウン23%。差は話し声の帯域に入る量です。
  5. 4 ブラウンノイズ 騒音計ではホワイトより13dB静か ブラウンノイズは低い音に寄せたノイズで、同じ総量でも騒音計の A 特性ではホワイトより13dB小さく出ます。そのぶん A 特性でそろえて流すと話し声を最もよく隠し、総量でそろえた比較では最下位だった順位が首位に変わりました。
  6. 5 カクテルパーティー効果 声の違いで誤り58→29% 騒がしい中で1人の声を聞き分けられるのはなぜか。話し声を話し声で覆い、音声認識で6条件を測りました。声が違えば誤り率は半分。ただし音声認識には、どちらの声を聞くかを伝える手段がなく、大きいほうの声に乗り換えました。
  7. 6 スピーカーの声を聞き取りやすく 誤り76→20% 騒がしい場所でスピーカーから話しかける声は、総音量を上げなくても聞き取りやすくできます。総音量 (RMS) をそろえたまま、聞き分けに効く高さと小さい部分を持ち上げると、誤り率は76%から20%に下がりました。

X でホワイトノイズマシンの投稿が流れてきて、私は「逆音叉でもないのに、かき消すことができるのか?」と返しました。

頭にあったのは、ノイズキャンセリングの仕組みである逆位相です。元の音と山と谷が逆になった波を足すと、2つが打ち消し合って音が消えます。ホワイトノイズマシンはそういう波を作っていないのに、なぜ音をかき消せるのか。調べてみると、そもそも音を消していませんでした。別の音を足して、元の音を聞き取れなくしています。 これがマスキングです。にぎやかなカフェでは隣の席の会話が意外と耳に入ってこない、あれと同じことをわざと起こしています。

低くて一定の音を、自分の耳元でだけ静かにしたいならノイキャン (逆位相) です。部屋全体から来る不規則な音、とくに話し声ならマスキングです。 部屋全体を逆位相で静かにする方法は、理想条件の計算でも成り立ちませんでした。部屋に置いたスピーカーで耳の位置の騒音を打ち消しても、高めの音 (2kHz) で静かになるのは直径 2.6cm、500円玉ほどの範囲だけで、周りの3分の2はかえってうるさくなります。

マスキングを選んだあとは、ノイズの色が効き目を分けます。効き目を決めているのはノイズの総量よりも、話し声と同じ帯域 (300〜3400Hz) にどれだけ入っているかでした。同じ総量 (RMS。音の波の大きさをならした、音の量の数字) で流すと、ブラウンノイズはホワイトやピンクより話し声を隠す力が弱く、同じだけ隠すには音を約1.8倍 (5dB) 大きくする必要がありました。ただしブラウンは総量が同じでも騒音計の A 特性では 13dB 小さく出るので、騒音計で同じうるささにそろえ直すと、ブラウンが最下位から首位に移ります。

反対に、騒がしい中で自分の声を届けたいなら、音量を上げる前に声の形を変えます。 低音を切って 1.5〜4kHz を持ち上げ、声の小さい部分を持ち上げると、総量は同じまま、雑音の中での文字の誤り率が 76% から 20% に下がりました。周りが人の話し声なら、周りと違う声を選ぶだけでも誤りが約半分になります。このシリーズは、この3つの線引きを数字で裏づけます。消す側では、逆位相がどれだけ崩れやすいか (第1章) と、それが耳元でしか成り立たない理由 (第2章) を計算します。覆う側では、マスキングの効き目が何で決まるか (第3章) と、ブラウンノイズを「同じうるささ」で比べ直すと何が起きるか (第4章) を測ります。届ける側では、話し声の中から1人の声を聞き分けるカクテルパーティー効果 (第5章) と、スピーカーの声を埋もれさせない加工 (第6章) を測ります。

揃える課題

比べる方法には、次の2つの仕事をさせます。

  • 仕事1 (消す・覆う): 耳に届く邪魔な音を、気にならないところまで下げる
  • 仕事2 (届ける): 騒がしい中で、聞かせたい声を聞き取れるようにする
  • 邪魔な音: エアコンや機械の低い音 (一定) と、人の話し声 (不規則。このシリーズでは 300〜3400Hz を話し声の帯域として扱う)
  • 聞く場所: 自分の耳。ヘッドホンを着けている場合と、部屋に居るだけの場合

ただし、全部を同じ物差しでは測れません。

逆位相は音が何 dB 小さくなったかで測れます。マスキングは音を足すので、音の総量はむしろ増えます。こちらは元の音をどれだけ聞き取れなくなったかで測るしかありません。

そこでこのシリーズでは、逆位相は残った音の大きさ (dB)、マスキングと声を届ける側は、話し声を音声認識に書き起こさせたときの文字の誤り率 (書き起こしで間違えた文字の割合、%) で測ります。同じ誤り率でも、覆う側は高いほど話し声がよく隠れた、届ける側は低いほど声がよく届いたと、逆向きに読みます。3つを同じ表の上で性質として並べますが、数値どうしを直接比べることはしません。

3つの方法

方法やること音の総量
A逆位相 (ノイズキャンセリング)山と谷が逆の波を足して、元の音と打ち消し合わせる打ち消す点では減る
Bマスキング (ホワイトノイズ等)別の音を足して、元の音を聞き取れなくする増える
C声の形を変える (EQ・圧縮・声の選び方)聞かせたい声を、雑音と重ならない高さと大きさに寄せる変えない (声の総量をそろえる)

3枚のカードを横に並べた図。A 消す (逆位相) は、騒音の波と山と谷が逆の波を足すとほぼ平らになる様子で、効くのは打ち消した点のまわりだけ、部屋では 2kHz で直径 2.6cm。B 覆う (マスキング) は、話し声の波に雑音を足すと話し声が雑音に埋もれる様子で、効き目は話し声の帯域に入る量で決まる。C 届ける (声の形を変える) は、雑音はそのままで、形を変えた声の棒が雑音のレベルの点線より上に出る様子で、雑音の中での誤り率が 76% から 20% に下がる。下の段は音の総量で、A は打ち消す点で減る、B は増える、C は変えない

A は「消す」、B は「覆う」、C は「届ける」です。

A と B は邪魔な音の側に音を足し、C は聞かせたい声の側を作り変えます。A は元の音にぴったり合わせた波を、B は元の音と無関係な雑音を足し、C は何も足さずに声の配分を変えます。この差が、効く場所と効く音の種類を決めています。

並べた表

A 逆位相B マスキングC 声の形を変える
位相合わせ5度ずれで -21dB、60度でゼロ要らない要らない
得意な場面低くて一定の音話し声 (話し声の帯域にノイズを入れた場合)一定の雑音の中の声。大勢のざわめきの中では効き目が小さい
効く場所打ち消す点の周り数cmノイズが届く範囲声が届く範囲
周りへの副作用部屋に置くと周りの 4〜7 割 (200Hz 以上) がうるさくなる足したノイズがそのまま聞こえる圧縮でマイクの周りの雑音も持ち上がる
効き目を決めるもの位相と振幅のずれ、遅れ話し声の帯域に入るノイズの量。音量を何でそろえるかで、色の順位が入れ替わる声と雑音の帯域の重なり、声の小さい部分、周りの声との違い
このシリーズでの確かめ方理想条件のシミュレーション音声認識による測定音声認識による測定

A は条件がそろえば強い代わりに、その条件が厳しい方法です。位相、振幅、届くまでの遅れの全部が合っていないと崩れ、合っている場所も数cmしかありません。B は条件がゆるい代わりに、元の音を減らしません。聞こえなくするために、別の音を聞かせています。C は、邪魔な音を減らせない場面で聞かせたい側を変える方法で、雑音の量はそのままに、同じ総量の声を雑音から頭を出す形に作り替えます。

表の列が見ているもの

軸何を見るか数字の出どころ
位相合わせ足す波がどれだけ正確である必要があるか第1章。単一の正弦波で、位相と振幅のずれを振った計算
得意な場面低い音と高い音、一定の音と不規則な音のどちらに効くか第1章 (遅れと周波数)、第3章 (帯域)、第6章 (雑音の種類)
効く場所静かになる、聞き取れなくなる範囲の広さ第2章。耳の周り ±50cm の平面を 2mm 格子で計算
周りへの副作用効く場所の外で何が起きるか第2章。元の騒音より大きくなった面積の割合
効き目を決めるもの何を変えると効き目が動くか第1章、第3・4章 (帯域と音量の物差し)、第5・6章 (声の違いと形)

「効く場所」と「周りへの副作用」の2つで、A と B の性格がもっともはっきり割れます。A は効く場所が狭く、その外で逆効果が出ます。B は効く場所が広い代わりに、効いている場所でも音は増えています。C は音を足さないので副作用は小さいものの、周りが大勢の話し声のときには効き目が落ちます。

自分ならどれか

判定の流れ図。一番上の「何をしたい?」から3つに分かれる。自分の耳元で低くて一定の音を静かにしたいなら A 逆位相 (ヘッドホンのノイキャン、部屋全体は無理で直径 2.6cm、第1・2章)。部屋にいる自分の周りの話し声を何も着けずに気にならなくしたいなら B マスキング (効くのは話し声の帯域に入る音、耳で決めた小さめの音量ならブラウンが最もよく隠す、第3・4章)。騒がしい中でスピーカーから自分の声を届けたいなら C 声の形を変える (EQ と圧縮で誤り率 76% から 20%、周りが話し声なら違う声で 58% から 29%、ゆっくり話すのは逆効果、第5・6章)

状況向く方効いている数字
エアコンやエンジンのような低くて一定の音を、自分だけ静かにしたいA 逆位相 (ヘッドホン)1cm 分の遅れでも、-20dB を保てるのは 531Hz まで。低い音ほど崩れにくい
ヘッドホンで、話し声まで消したいA だけでは高い側が残る1cm 分の遅れで -10dB を保てるのは 1.7kHz まで。話し声の帯域は 3.4kHz まで
部屋全体の騒音を、スピーカーで打ち消したいA は期待しない50cm 先のスピーカーだと 2kHz で直径 2.6cm、周りの 66% がうるさくなる
部屋に居る自分の周りの話し声を、何も着けずに気にならなくしたいB マスキング話し声の帯域に入るノイズの量で効き目が決まる
マスキングに使うノイズの色を選びたい音量を耳で決めるならブラウン騒音計で同じうるささにそろえた -5dB の誤り率はブラウン 71.5%、ピンク 59.0%、ホワイト 29.9%。総量 (RMS) でそろえるとブラウンは最下位 (23.0%)
人の話し声の中で、スピーカーから話しかけたいC 周りの話し声と違う声で話す邪魔な声1人と同じ大きさで重ねたとき、別の声なら誤り率 28.7%、同じ声なら 58.3%
発言が重なる会議を、音声認識で書き起こす重なった箇所は元の音声で確かめる別の声が 5dB 大きいと、20 文すべてで大きいほうの文が書き起こされた
騒がしい場所で、スピーカーの声を聞き取りやすくしたいC 音量より先に EQ と圧縮総量 (RMS) が同じまま、話し声の形の雑音 -5dB で誤り率 76.0% → 19.6%

表の数字はどれも、第1〜6章の理想条件と測定条件の中での値です。とくに第1・2章の逆位相の数字で、市販のノイキャンの性能を言うことはできません。実機はマイクで騒音を拾う遅れ、制御の方式、耳の中の音響、イヤーパッドによる遮音が効いていて、どれもこの計算には入っていないからです。

このシリーズの検証状態

第1・2章はシミュレーション、第3〜6章は音声認識を聞き手にした測定です。人の耳で聞き取りを測った章はありません。

章何を確かめたか方法検証状態
1 逆位相位相・振幅・遅れのずれで、打ち消しがどれだけ残るか単一正弦波の数式計算シミュレーション (理想条件)
2 静かな範囲耳の位置で打ち消したとき、周りがどうなるか点音源と平面波 200 本の音場計算シミュレーション (自由空間、壁の反射は近似)
2 波長の約10分の1という目安文献の目安と桁が合うかElliott ら (1988) と、それを引く後続研究一次資料 (引用経由)
3 マスキングノイズの色と音量で、話し声がどれだけ聞き取れなくなるか読み上げ音声 20 文 × 3色 × 7段階を音声認識に書き起こさせた測定 (聞き手は音声認識 faster-whisper small)
4 ブラウンノイズ3色を騒音計の A 特性でそろえたとき、話し声の隠し方がどう変わるかオクターブ配分と A/C 特性の計算、20 文 × 3色 × 6段階を音声認識に書き起こさせた計算と測定 (「うるささ」は A 特性で近似。聞き手は音声認識)
5 カクテルパーティー効果邪魔な音が話し声のとき、声の違いと人数で聞き取りがどう変わるか読み上げ音声 20 文 × 6条件 × 5段階を音声認識に書き起こさせた。人との比較は論文から測定 (聞き手は音声認識 faster-whisper small)
6 スピーカーの声総量をそろえたまま、EQ・圧縮・話速で聞き取りがどう変わるか20 文 × 5条件 × 2種類の邪魔な音 × 3段階を音声認識に書き起こさせた測定 (聞き手は音声認識 faster-whisper small)
6 指向性スピーカー、名前の呼びかけ、STIこの章で測っていない技術論文と規格 (STI の基準値のみ測定器メーカーの資料)一次資料 (一部二次資料)
7準備中

第1・2章に「実測」と書かないのは、実機のノイキャンを1台も測っていないからです。数式どおりに動く理想のスピーカーと理想の空間を置いて、そこで何が起きるかを計算しました。壁の反射やマイクの遅れは入っていません。第3〜6章は実際に音声を合成して音声認識に聞かせていますが、聞き手が機械なので、人が同じ条件で同じだけ聞き取れなくなるとは限りません。

読む順

消す側。逆位相がどこまで効くか。

  1. ノイズキャンセリングの仕組み 60度ずれで効果ゼロ。逆位相の打ち消しは、位相と振幅と遅れにどれだけ敏感か
  2. ノイキャンが耳元だけ効く理由 部屋は直径2.6cm。1点で消すと、周りで何が起きるか

覆う側。ノイズで話し声を覆う。

  1. マスキング効果は帯域で決まる ノイズ3色×20文。ホワイト・ピンク・ブラウンを同じ総量で比べる。測り方の失敗も載せています
  2. ブラウンノイズ 騒音計ではホワイトより13dB静か。騒音計で同じうるささにそろえると、第3章と順位が入れ替わる

届ける側。話し声の中で、声を聞かせる。

  1. カクテルパーティー効果 声の違いで誤り58→29%。話し声が話し声を覆うと何が起きるか。音声認識にできないことも見えます
  2. スピーカーの声を聞き取りやすく 誤り76→20%。音量を上げずに、声を埋もれさせない方法

準備中の章。

  • 7 ホワイトノイズの効果は研究でどこまで言えるか。睡眠や集中への効果はこの章でまとめて扱い、第1〜6章では書きません

第1章と第2章、第3章と第4章、第5章と第6章は、それぞれ対で読むと効きます。第1章で「ずれると崩れる」ことを見て、第2章でそのずれが場所ごとに生まれることを見る、という順番です。第4章は第3章の結果を、第6章は第5章の考え方を前提にしています。どの章も単独で読めるように書いているので、ノイズの選び方だけ知りたい場合は第3章から、スピーカーで人に話しかける側の話だけ知りたい場合は第5章から入って構いません。